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仏身三位一体 . Buddha Trinity

  父なる大日 (Sun) 子なる釈迦 (Son) 弥陀は聖霊 (San) 三身即一円満具足 [解説] 歴史上のお釈迦様は応身とされ、法身である大日如来や報身である阿弥陀仏とイコールではない。しかし、法華にいう久遠実成の釈迦は毘盧遮那に等しく(台密流)、両界大日は而二不二にして、六字名号南無阿弥陀仏は不可思議光、各々は一に相即する。ここに基督教の三位一体との構造的一致を認めるのである。

(日巫女の伝言) 禁中並びに日本的霊性改正公案

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 (シャーマニック・ジャパン・プロジェクトA) 日本の政 ( 祭り事 ) は卑弥呼が原型であり、また斯くあるべき、と考える。即ち、巫女様方による正しい政こそ、この列島を生かすのだ。 然るに、宗教法人神社庁の推奨する神札の祀り方をまず見直す。大日本帝国の思想的基盤たる国家神道の信念が依然として通底している。日本はアメリカ合衆国に完敗したという自覚が足りぬ。斯様な国家的宗教操作が、ひいては軍国主義的な狂気を発生させ、核核しかじか原爆による制裁を招くにまで展開したことは、(記憶には無いが)記録に新しい。列島の漸次的壊滅を回避すべく、根本からの変革が迫られる国民的課題である。 神社庁推奨 私の推奨する日本の神の祀り方を見よ。これこそが古代から連綿とするこの列島の神性への尊厳を込めた或いは年功序列的な配置法である。「大和の神」とは、天神地祇の天神、即ち天津神であり、「弥生の神」とは地祇、即ち国津神である。そして、中心の「縄文の神」は、神道の周縁に押しやられながら、文化的 DNA に最古層の神的情報を刻んでいるアラハバキや金勢神なり。(考古学的に分析すると、殆んどの国津神は縄文というより弥生系だろう。)(最新の「 Japan の神」というのも在って然るべきかもしれない。) 阿キ推奨 そして、各々の神々を祀る巫女の長をして、国家元首の上に君臨すべきである。エミシの流れを汲む「イタコ」代表一名、アイヌの巫女である「トゥスクル」一名、琉球の「ユタ」や「ノロ」から一名、の三賢老こそ、「縄文系の巫女」であり、日本の最高機関奥の院に相応しい。アイヌや琉球の神々は考古学や歴史学的には縄文まで遡るのが難しいようだが、当のアイヌ人や琉球人こそ、縄文遺伝子の濃厚な継承者と目されている由、この様にカテゴライズした。一方おしら様などイタコの神は縄文由来エミシの系統と言われるが、イタコの当人らは人種的には和人濃厚と思われる。縄文的遺伝子は、生物学的系譜と文化的系譜とが入り組んでいて複雑だが、興味深い。 さて、日本は朝幕関係の伝統もあって、現在でも国家元首は天皇説と首相説が不明確である。けだし、天皇は、元首の座を首相に全き明け渡し、畿内に戻りて静かに ( 或いは時には雅に ) 、メディアとは距離を置いて過ごすのが全面幸福である。そして、皇族は、「大和系の巫女」たる、伊勢神宮の「斎宮・祭主」を輩出で...

「卑弥呼の神はアラハバキ」仮説

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 日本古代史最大の謎の一つ邪馬台国と大和朝廷の関係、それは継承だったのか、それとも駆逐・征服だったのか? 邪馬台国畿内説が前者を物語り、九州説が後者、という単純な問題ではない。(これも「遂に決着」って相互に言い合ってるネ!) いずれにしても、邪馬台が原点として純粋に本朝に継承されたとは、とても言い難い。そもそも「邪」や、「卑弥呼」の「卑」の字などは非常にネガティブなイメージであり、それは当時の中国人の揶揄混じりの表現であるが、大和朝廷への表現とは明らかに一線を画している。そして、『魏志倭人伝』に記されているところの倭人の特徴、特に顔面への刺青などは、大和民族のものとは言えない。この「黥面文身」は、縄文発祥であることが土偶などから類推できるが、その継承が認められるのはアイヌ民族の文化である。 ( 心情的には、和人アウトローも!) 滅ぼされた邪馬台国の人々は、徐々に東に追われ、蝦夷(エミシ)として扱われ抑圧され続け、その主流派は、ついに本州本土を後にして、北の蝦夷(エゾ)へと渡ってアイヌになったという説も、満更トンデモではない。少し、順序立てて説明しよう。そもそも、アフリカルーツで極東までやって来た猿人が、長い長い縄文時代を通じて、 文化人類へと進化したところ (私は、それこそ「霊長」化であると言っているが) から考えなくてはならない。最重要なのは、遮光器土偶であり、アレこそが高次元生命体の存在を証明している。コレはつまり、エーリッヒ・フォン・デニケンの「古代宇宙飛行士説」と呼ばれるものであり、少々トンデモ扱いなのは否めないが、兎に角、縄文時代後期、遮光器土偶の出土された東北地方を中心に、人類は進化したと私は確信している。 文化的な人間に「霊長」化した者らは、西へも下っていっただろう。そして弥生時代後期、群雄割拠する西国の地に「台頭」し、これを統べたのが、そんな流れの一派、卑弥呼率いる邪馬台国であったのだ。しかし、中国大陸か九州からか、新たにやって来た大和朝廷の勢力によって駆逐され、東国に追われ(或いは出戻り)、西国の支配基盤は移行したのである。神武天皇らの各種東征伝説は、まさに旧勢力への執拗な追い討ちではなかろうか。 さて、興味深い話が、縄文を起源としエミシの神であったと云われるアラハバキ神の系統の神社が、大和周辺の畿内だけでなく、九州にも殆んどないという事実である...

五輪閉幕、そして呪術開戦(抜粋)

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     (7月14, 2022 大幅改訂省略) マンガ『終末のハーレム』。ウィルスの影響で人類の男性 99.9% が死滅してしまった世界、数少ない生き残り男子のウハウハな?ハーレムっぷりを描いたファンタジー。コロナブームを先取り。コロナもそういうもんだろうか、と淡い夢を見た。 大ヒット中の『呪術廻戦』。 私が作者だったら、最強呪術師「五条」の先祖(箔付けの血脈)には、「菅原道真」ではなく、ずばり「卑弥呼」を設定する。卑弥呼こそは、わが国最初で最大の呪術師であり、その術によって人々を率いた女王様である。「卑弥呼=神功皇后」説もあれば、「日巫女=天照大神のモデル」説まである。道真の怨霊だって、勉強し直しますって逃げちゃいそうだ。さて、その女王卑弥呼の統べた邪馬台国は、九州説と畿内説が有力で、東北にはちょっと縁遠い。しかし、近頃思い付いたのだが、卑弥呼の信仰していた神は、アラハバキだったんじゃないだろうか。意外と辻褄が合いそうだぞ。学者諸氏は是非そういう方向性で研究してみてほしい。 さて、日本近代を代表する知識人の一人、福田恆存先生は、『藝術とは何か』というタイトルで、「藝術とは咒術である」という主旨の小論を著している。小林秀雄の例の詩的な美学論よりも肌に合い、大いに影響を受けたものである。なぜ表現活動をするのかという動機付けに明確に答えてくれた。今や立派な芸術表現である「マンガ」自体、一つの呪いの術である、ということだ。しかし、『呪術廻戦』では、基本的に「術師」は「呪い」の担い手、作り手ではなく、祓うことしかできないという設定である。これも興味深い。作家は「呪」の生産者ではあるが、評論活動やスピンオフこそ(或いは消費行為そのものも?)「術」ということになる。二次表現が肯定され、オリジナルを空じかねないツイステッドな隠れコンセプトが、この作品のヒットの秘密かもしれない。 ( 勘繰りすぎ?) (追記:ガイア仮説よろしく社会的ホメオスタシスの保持という観点からすると、ある種の「芸術作品」や「呪い」は、社会的病理現象であって、これを消費すること、消し費やすことこそが求められ、それこそが「術」である、と考えられるかもしれない。また、ワクチンというものがウィルスの振舞いを疑似的に模倣して体内に免疫をつけていくことも、二次表現の意義のアナロジーになるか...